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新たな季節の到来を告げる、西勝彼岸獅子舞の笛太鼓。

更新日:2017年02月27日

005-西勝彼岸獅子-01 

長く厳しい会津の冬。その寒さもやわらぐころ、会津美里町には春を告げる西勝彼岸獅子舞の笛太鼓が鳴り響きます。この行事は高田地域の西勝集落で受け継がれ、春のお彼岸に合わせて行われてきました。にぎやかな拍子に合わせて3匹の獅子が舞い、五穀豊穣や家内安全を祈願します。この行事を継承しているのが、西勝彼岸獅子舞保存会のみなさん。地域の有志二十数名が集落に伝わる春の風物詩を受け継いでいます。彼岸獅子舞は代々、集落にある農家の長男が継承してきましたが、過疎化と働き方が変わったことでその形も変化。いまは農家か長男かに関わらず、地域の有志たちによって守り伝えられています。

「集落が繁栄するように」という、切ない願いを込めた舞。

 005-西勝彼岸獅子-02

西勝集落は、かつて和紙の産地として栄えていました。しかし過去に二度、悲惨な出来事を経験し、集落の復興を願ったことから西勝彼岸獅子舞が始まったと伝えられています。最初の出来事は寛永3年(1626年)のこと。集落で大火災が発生し、村全体が焼失したため、現在の土地に移転を余儀なくされたそうです。その後、寛政10年(1798年)ごろには疫病が流行し、集落の人口が半減してしまうほどの被害に見舞われました。このように、西勝彼岸獅子舞には二度の悲劇で命を落とした人々の霊を慰め、悪霊退散、五穀豊穣、家内安全、そして集落の繁栄を祈るという思いが込められているのです。

奏でる者から舞う者へ。熱気とともに受け継がれる地域の伝統。 

 005-西勝彼岸獅子-03

毎年3月になると集会所での練習が始まり、夜の集落内には笛太鼓が響きます。練習では若手が獅子舞を行い、年配者が舞の指導とともに笛太鼓を担当。指導する側もかつては獅子舞を踊っていました。「いま若手に継承しなければ、代々守り継がれた伝統文化を残すことができない」。有志たちは、そんな思いで練習に取り組みます。足の運びや顔の向きなど、指導にも自然と熱が入ってくるそうです。舞う際に付ける獅子頭は和紙の張子でできていますが、これは西勝集落が和紙の産地であったことが由来と考えられています。先人たちが長時間踊り続ける負担を軽減しようと考えたものなのでしょう。

伝統を守る人々と、温かく見守る人々によって継承される文化。

幾夜もの練習を経て迎えた、春彼岸の中日。

鮮やかな衣装の獅子たちが、街なかへと繰り出しました。まずは竹原集落で踊った後、会津総鎮守として名高い伊佐須美神社に舞を奉納します。神社を後にした一行は町内各所を巡回。あちこちから聞こえる笛太鼓によって、周辺は早春の雰囲気に包まれていました。

彼岸獅子は最後に、西勝集落の家々を回ります。戻ってきた獅子たちには、ねぎらいの言葉と温かい視線が注がれていました。西勝彼岸獅子は伝統を守る人々だけでなく、温かく見守る人々も含めた地域によって受け継がれてきた文化。

こうして一年、また一年と、次の世代へ継承されてゆくのです。

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