向羽黒山城跡
向羽黒山城は戦国時代会津を治めた葦名盛氏が8年もの歳月をかけて築城した天然要害です。葦名氏滅亡後も、伊達政宗や蒲生氏郷がそれぞれ重要な要衝として改修を加え、上杉景勝・直江兼続主従は徳川家康の会津攻めに備えて最後の砦としました。
現在も一曲輪や二曲輪、九十九折の道、城への入口とされた虎口などの遺構を残し、かつての面影を偲ばせます。
向羽黒山城跡は、白鳳山公園と呼ばれ町内外の方から親しまれてきました。白鳳山公園は観音山・羽黒神社のある羽黒山・一曲輪(いちのくるわ)のある岩崎山の3つの山から成ります。その巨大さは、一曲輪の登り口まで、大型バスが通行可能なことからも実感できます。
平成13年8月7日、白鳳山公園のうち、一曲輪・二曲輪・御茶屋場曲輪など、多くの遺構を残す岩崎山を中心に、国指定史跡となりました。
二曲輪広場や御茶屋場曲輪からは、磐梯山や 飯豊山、会津若松市外を望むことができ、六千本ものつつじが 全山を包む美しい公園です。
アスレチック設備もあり、小さなお子さんにも楽しんでいただけます。遊歩道散策も可能です。また、観光ガイドによる案内も実施しています。
お問合せ
会津美里町本郷インフォメーションセンター 電話:0242-56-4637
葦名盛氏
葦名氏は、鎌倉時代の名門三浦氏の一族です。15~16世紀頃奥州において、最大の勢力を持つようになりました。
向羽黒山城を築城した葦名盛氏は葦名家16代目として、経済政策・軍事政策を打ち出し、葦名氏の全盛期を築きあげました。現在の新潟県東部から福島県のほぼ全域を支配していたといわれています。
後に葦名氏は20代義広の時代に、伊達政宗に攻め滅ぼされますが、「(政宗は)盛氏と戦わなかったことが幸いであった」と言われており、盛氏の偉大さが語り継がれています。


