昔話をたずねて 第49回 アーカイブ
動かなかった観音様
出典「会津の伝説」
本郷にある観音様にまつわるお話です。
むかし、ある有名な絵師が上荒井村にあるお堂に馬の絵を奉納しました。その馬の絵はすばらしく、まるで生きているかのようでした。
ところがある日、畑の作物が荒らされることが起こりました。誰がこんなことをするのかと村人たちが様子を見ていると、何とそれはあの絵の馬だったのです。それで村人たちは、その絵に杭と手綱を書き加え、馬が絵の外に出られないようにしました。つながれた絵の馬は、食べ物を食べられなくなり、まもなく死んでしまいました。それを知った村の人たちは、馬を哀れんで、馬頭観音様をつくってお祀りすることとしました。
その後、上荒井の村はだんだん貧しくなってきてしまいました。そこで村の人たちは、何日も相談しました。みんなでいろいろ考えましたが、よい方法が見つかりません。そうかといってこのままではますます貧しくなるばかりです。そこで、お堂にある馬頭観音様を隣の本郷村に買ってもらったらどうかということになりました。それではばちが当たるといって、反対した人もいましたが、他に方法がないので、そうすることになりました。村の人たちは「観音様、どうかお許しください」と拝んで、泣く泣く本郷村に売りました。
本郷村では、4月8日に白鳳山に観音様を上げてお祀りすることになりました。その日は近くの村々から、きれいに飾り立てられたたくさんの馬がやってきます。
4月7日、本郷村では観音様を山の上まで上げるため力持ちが集まりました。ところが、どんなに力を入れても観音様は重くて持ち上がらず、まったく動きません。思い切り力を出しましたが、やはりだめでした。
その時、この観音様は上荒井村にあったので、上荒井村の人たちに上げてもらいたいのではないかという話になりました。喜んで来た上荒井村の人たちが観音様をかついでみると、なんと本郷の人たちでは全然動かなかった観音様が軽々と持ち上がりました。これにはみんなすっかり驚きました。
それから、観音様は4月7日に上荒井村の人たちによって白鳳山にあるお堂にあげられるようになったということです。


